一般的なビジネス領域との接点を微妙なバランスでかわし続けてきたオタク的なものを、みすみす通俗的なもんにするのもどうよと思い悩んでいたところにこんな発言が。
私もオタク的な部分はあるけど、いわゆるワールドの中では私はアーケードゲーマーという少数民族に分類されるので、比較的冷静に見られる方なんじゃないかと勝手に自負した上で。アーケードゲーマー自体がかなり絶滅の危機だし。
単純に、日本のオタク文化がアメリカのオタクにも受け入れられるプロセスがあって、従ってそこで展開されるクリエイティビティも勝手にワールドワイドに対応して行っているというのが、いまのざっくりとしたオタクビジネスの概観で。
村上隆がクリスティーズのオークションで数千万の金額で落札された三年前には既に、日本のアニメに毒された金持ちの息子であるオースティン某がやっぱり数千万の金額でアニメ原画つきの版権を押さえてひとつの流れを実証してた。
その周辺でビジネス化を目論んでいた出版社連中と次期作品開発の話になり、毛唐出版社が滅多やたらと日本発のBANGが欲しいとか、Groovyな奴を探して何とかという話になると。こいつらの成功体験というのがSpawnのヒットがきっかけだったというのもあるけど、これは要に作者も言っている通りデビルマンのオマージュであり、音楽とかだと60'sが来るとか一定の法則性が成り立つ文化事業とはかなり異質なものを彼らは読み取って、BANGという予測不能な期待感を日本のオタク市場に寄せている。
もちろん、作品の一つひとつをろくにしらないこの私に対して作品発掘を持ってくるバカはいないので、出来上がっているもので特に権利関係が明らかなものを複数のメディア展開を使い最終的に全メディアの売り上げをならして黒字になればいいというスタイルだけど、オタクの間で話題になるような、明らかに優れたもの(商業的なものに限らない、むしろ同人のほうが純粋な作品性が高いことが多いと思う)の影響が一番大きい。
売り上げだけで見れば、今年は恐らくワールドワイドではガンダムシードあたりが上位に来るのだが、主にそれらが支配しているマーケット層はオタク「エントリー」層向けで(地上波が何故か20代に受けているドイツを除く)、最終的にこの作品にオタクが使うお金は年間平均4,000ドルいかないと思う。むしろオタク「アドバンスド」層が熱狂的に支持するエッセンスの方が、どういうわけか長めの時間で勝負するとこれらの計算しつくされた商業作品を上回っていってしまうという現象があるらしい。この手のアドバンスド層が、いままでの流れと関係なしに、その作品の作品性の高さだけを基準に祭りに仕立て上げ、文脈的位置関係を相関づける前にエントリー層へと通俗化のプロセスを商業側が道筋づけてしまう感じだ。
それもこれも、オタク的なマーケットがニッチでなくなる過程で、社会的な意味づけとか(よく宮台さんがいうような、イデオロギーで作品を捕らえる視点)、ほぼ古典化した作品群に対する中年オタクとエントリー層の立ち位置の違いによる温度差なんてのがかなり横たわってるからな気がしてならない。ゲームなんかだと特に、一時期ナムコミュージアムが売れた頃を境に、オールドゲーム層とニュービー層の断絶がかえってはっきり見えてしまって、マーケティングがPSからPS2にかけて萎え萎えになってしまったと。同人漫画だと、例え旧来の劇画調同人誌をいまの人が読んで面白い場合もあるそうだが、少なくともいまのゲーマーが昔の私がはまったディグダグと糞ゲーというような感じで。
その分、オタク文化といわれるものも、そろそろその共通認識となるべき対象が広がりすぎて、文脈を形成すべき知識が追いつかないというゲーム業界が歩んだ道筋を沿っているような気がする。で、これが仕事になるともう悲しいぐらい通俗性を狙った作品の企画がビシバシ通るんだな、これが。
Posted by kirik at 2003年09月25日 04:06ヲレは一応大手で描く漫画家のハシクレだ。
隊長の話はいつ読んでもおもしれえな。
ところで、やっぱ日本はすげえよ。
今現在、世界中で日本以上に刺激的な国はないな。
なんつーか
隊長の(悲観的)分析は隙が無さすぎて、自分の好きな分野に切り込まれるとグサっときます。
オタク文化を再生産していた市場や評価構造(「作品性の高さだけを基準に祭りに仕立て上げ、文脈的位置関係を相関づける」ような)が失われていったら、その市場はもう他の非オタク系の大衆文化産業と大差がなくなるような。
>オタク的なマーケットがニッチでなくなる過程
なんとなく違和感が。
「オタク」という概念にそもそも「ニッチ」というか「分断化された一断片」みたいなニュアンスが含まれているのではないですか。
それが、「ニッチでなくなった」ら、すでに「オタク」ではない気がします。
単なる言葉の問題ですかね、、、、。
>「オタク」という概念にそもそも「ニッチ」というか「分断化された一断片」みたいなニュアンスが含まれているのではないですか。
そんなことはないよ
それだと商業的に成功したオタク要素はオタクでないことになってしまう
萌えの構造といったほうが分かりやすいか
にしても、文化にせよビジネスにせよよくまあこの短期間で理論構築するものだ
感心するよ
spawnが凄かったというよりはトッド・マクファーレン(描いてるやつ)が凄かったと思う。版権関係。
まあお手本はジョージ・ルーカスなんだけど。
昔音楽でジャーニーやエイジアを「産業ロック」と呼んだように、「産業アニメ」という感じの作品がジャカジャカ生産されてもうどれだっいいよって気分になる。
作家性とかストーリーうんぬんでなく単にオタクが喜ぶセリフ回しとか展開とかを詰め込んでるだけで成り立っている作品が多くて見てて疲れる。
みんなが踊ってて「あれ?なんで踊ってたんだっけ」とか思う頃にどこかから「こういうのが観たいんだよ!俺が!」って感じで新しいものが出てくるんだろな
それに期待
よい作品を事後的に歴史に編入するという文化、というよりも、
歴史を踏まえないとブツの作品性が理解できない、
という方がヲタ的なものをよく説明できるんでないかと。
そういう一見さんお断りなものであればこそ、
世間に広めるにあたっては通俗化も避けられないのではないかと。
これにはヲタ的世界の成熟とか爛熟とか飽和とかはあまり関係ない気がします。
通俗化の過程で、ライトヲタク的な層が膨らんで
ますますもって文脈その他がぼやけてくるということはあるでしょうけどね。
>主にそれらが支配しているマーケット層はオタク「エントリー」層向けで
これはすでにプロモートの時点で既にぶっちゃけ済みであり
純粋にオタクで稼いでいくのはもうしんどいのよという
バンダイの明確な意思表示だと思いますよ。
要はアタリにあやかってやってくんじゃなくて
もっと世界的な企業として安定した企業体質にしようよ
という業界の一連の流れからじゃないのかなぁと思われ。
それと同時にやっと世界に通用するメーターさんとかの
劣悪な環境問題とかに国が関与し始めているところから
一部のオタクだけの文化にしておくのもなぁつーことじゃなのかなぁ。
そもそもオタクとそうでない人の境界線なんてもう数年前からなくなってるんだから今更な気もしますよ。
でなきゃコミケにあんな数の人間集まらんでしょ(w
それよりもガンダムを含め優良なコンテンツが途中終了したドラマのようになる日がもっと先であることを祈るばかりですな。
や、アニメに関して言わせて頂けば、
プロデューサー、口挟みすぎ。数多すぎ。
現場には良作を作れる監督がいっぱいいるのに
オモチャだDVDだ声優も売らなきゃとかガサガサうるさいから
結局エントリー層用の無難なのが量産されんのさ。
映画は監督のものなのに、
何でアニメはプロデューサーが前に出てくるのか。不思議だ。
豪ちゃんがいい事書いてます
http://kodansha.cplaza.ne.jp/nagaigo/index.html
>何でアニメはプロデューサーが前に出てくるのか。不思議だ。
アニメは芸術ではないからさ。
商売という野暮がまかり通るのよ。
そこを跳ね返す気概を製作者に求めてしまうと、
宮崎駿になってしまうのが、つらいところかも。
>何でアニメはプロデューサーが前に出てくるのか。不思議だ。
監督っていうのはさまさに「現場監督」なんよ。
それとプロデューサーすら出し抜けないで、客なんか騙せるかよ。作品は企画書から始まってんだ。
私はアニオタよりも鉄オタが気になります。
徹底したドキュメンテーション、緻密な分析、歴史考証。高い知能と社会性を有しながら、廃線めぐりなど山中のフィールドワークを難無くこなす行動力。それでいてお子様から基地外まで魅了して止まない鉄のリビドー。
一体彼らはなんなのだろうか、と。
そっかー、隊長アーケードゲーマーだったのか〜
知らなかった。
ヲタク文化は常に流動してて
資本家さんが品定めしてる間にもあっという間に流行が変わっていくと。
特に最近は「残らない」作品、商品が増えたねぇ。
つか金出す人間の尻が重すぎw
だからこそガンダムは是が非でも終わらない訳だが
種の「女の子人気が凄いからついでにプラモも売っちゃえ」作戦は
痛々しくて見てらんないw
>当初ハイカルチャーだったファンタジーが『ロードス島戦記』になり、『スレイヤーズ』になっていくなんて構図がありますね。
だから、コンプティーク系列の雑誌はオタクの偏差値を下げたという考え方もできると。『サイレントメビウス』はサイバーパンクの大衆化。
スレイヤーズとかいう小説、読み終えて方からだが窓から投げ捨てたことがある。
毒にも薬にもならない、無味無臭のエッセンスだけの上澄み液っぽいが、
ちゅどーん!、が
大衆化というか一時だけのコンテンツ化に激しく寄与したのかもしれない。
向こうの雰囲気や閲覧者層が全くわからないのでこっちに。
>>そもそもオタクとそうでない人の境界線なんてもう数年前からなくなってるんだから今更な気もしますよ。
>>でなきゃコミケにあんな数の人間集まらんでしょ(w
バカにするわけじゃないですが、この辺がオタクなんだなあと実感します。
さすがにコミケはオタクでしょう。いいと思いますが、さすがに一般ピープルは参加できません。
>さすがにコミケはオタクでしょう。
>さすがに一般ピープルは参加できません。
オタクの友人に連れてこられた一般ピープルが
イヤな顔をして引きまくっている微笑ましい光景はありますが、
コミケはオタクの祭典に過ぎず、昔から膨大な数の動員があるような。
この先いつになってもオタクは境界の向こう側の存在で、
ただ”オタク”や”コスプレ”とかの用語が一般に知られてゆき、
隠れオタクが微妙に増えるだけでないかと。
金を払う客という観点なら、好きで好きでコミケに参加している真性より
隠れオタクの方がよさそうな。
>それとプロデューサーすら出し抜けないで、客なんか騙せるかよ。作品は企画書から始まってんだ。
放映当初のガンダムの変なおもちゃ思い出すな。
合体しろってんでガンダムMA形態w
富野は本気だったんで客を騙す気はなかったろうが……やっぱ、いい時代だったのかな。
>それとプロデューサーすら出し抜けないで、客なんか騙せるかよ。作品は企画書から始まってんだ。
そうなんだよなー。
事業も投資依頼書がほぼその全てでもあるし、その作品が何を為すか?という問いかけを充分吟味しないまんま、期日と金利だけで動いてしまってる面は否めない。
>ヲタク文化は常に流動してて資本家さんが品定めしてる間にもあっという間に流行が変わっていくと。
オタクに限らず、商品のライフサイクルが短い割に、必要とされる資本が大きくて、商品投入までの期間が長く、業界としてのルールが成立していないかまだ稚拙なプロダクトは共通してこんな感じ。
だから、一般的なフィールドワークをするのに当然大企業や大規模ファンドというのは動きづらく、どうしても保険が欲しいということで権利を分割してテレビ局系列や広告代理店を巻き込もうとする。良い悪いは別として。
それにしても、MTのコメントの読みにくさ、レスのつけづらさは何なのだ。
>大企業や大規模ファンドというのは動きづらく、
>保険が欲しいということでテレビ局系列や広告代理店を巻き込もうとする
こっちはぼけーっと買うだけなんですが、いろいろ大変なんですな。
作る側にとっては、口を出す人間が増えるってことかな。
MTのコメントが読みにくい点は
日本でコメントの多いMTがまだ少ないような気がするんで、
ここで露呈した問題のような。
デザインを変えて、例えばコメント1つ1つを枠に収めたりしても
同じことでしょうな。2次元で収めるは難しいのかな。
「文学・映画はもうすべて表現されてしまった」という評言があるが、ロックやアニメという大衆文化も60年代から70年代ですべての可能性は試されてしまったのかもしれない。
>「文学・映画はもうすべて表現されてしまった」という評言があるが、
>ロックやアニメという大衆文化も60年代から70年代ですべての可能性は試されてしまったのかもしれない。
表現というものが知識や経験に由来する追体験であるとするなら、
それはもう人間という器の限界ってやつでしょう。
個人的にはまだまだだと思いますけどね。
>バカにするわけじゃないですが、この辺がオタクなんだなあと実感します。
>さすがにコミケはオタクでしょう。いいと思いますが、さすがに一般ピープルは参加できません。
うん、昔はね。逆に今はそういう仕事してるから
客観的に見る立場だね。最近は行ってないね。上にも書いたとおり人が多いし。
でも、オタクリサーチや市場の受け方をリサーチするには最良の場所であることには変わりないから場に立ち入らずに揶揄するのはどうかな?と思われ(・∀・)つ
ただ、それすらも当てにならないくらいに大きくなってるから最近は行かないんだよね。まあ、本気で投資する立場の人なら一度は冷静に見に行くべきだと思いますよ。
マジレスになっちゃいますたが(w